飯考行「裁判員制度の生成経過−司法制度改革論議の動態分析に向けて−」
(初出:早稲田大学大学院法研論集第99号(2001年9月20日発行)1-28頁)

機,呂犬瓩

 (2頁)司法制度改革審議会(以下、「改革審」と略称する)は、二〇〇一年六月十二日に最終意見を公表した。その答申内容に対する評価は措いても、法曹人口の拡大、法科大学院構想、裁判官制度改革、そして国民の司法参加など、大規模な改革項目が提唱されたことは疑いない。
 改革提言の中でも改革審最終意見発表後にマスコミによって大きく取り上げられたのは、裁判員制度構想だった。一般国民にとって、自から裁判を利用しなくても、選出されれば担う可能性のある制度だけに、改革提言項目の中でも関心を呼んだものと思われる。
 裁判員制度は、刑事訴訟手続を中心に、広く一般の国民が、「裁判官とともに責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的、実質的に関与する」(最終意見書限1.1.)制度である。日本には、戦前に陪審制が導入されていた時期があり、また沖縄でも導入されていた経緯があるものの、純然たる国民の司法参加制度は、検察審査会以外に戦後は存在していないと言ってよい。
 それでは、なぜ今の時期に、導入に大きな変革を伴う裁判員制度が提言されたのであろうか。本稿ではその疑問から出発して、裁判員構想が提唱された要因を探るべく、改革審の審議経過を検討してみたい。改革審では、折に触れて改革の当事者である法曹三者にヒアリングを行っていることもあり、審議の流れを見る際には、審議委員間の議論と並行して、法曹三者および政党などの見解をフォローすることが必要と思われる。そこで、本稿では、審議を中心に、関連する外部の動きも視野に入れることにする(市民団体の意見書などには頁の制約上触れない)。
 (3頁)また、「国民の司法参加」は、他の項目と比べて、今回の司法制度改革論議を生み出した原因としてしばしば唱えられる規制改革の流れや経済界の要求から比較的離れていると思われる。それゆえ、裁判員制度をめぐる議論を改革審での審議を中心に辿ることによって、動態的側面から司法制度改革の性格を考察することも試みたい。なお、本稿では事実経過の検証を主眼とするため、数多い関連文献の注記は最小限度にとどめる。

供〇碧\度改革審議会の「国民の司法参加」に関する審議

一 訴訟手続への国民参加

(一)中間報告公表(二〇〇〇年十一月)まで

 国会審議を経て可決された司法制度改革審議会設置法では、改革審が調査審議すべき所掌事務の一つに、「国民の司法制度への関与」を掲げていた(第二条)。付帯決議でも、十分に論議すべき項目として「国民の司法参加」が挙げられている(衆議院法務委員会附帯決議四)。
   改革審は、一九九九年七月から審議を開始した[1]。「国民の司法参加については、二〇〇〇年四月に藤田委員によるレポートが行われたものの、実質的に審議されたのは二〇〇〇年九月で、改革項目の中で一番遅い時期に扱われることになった。
 しかし、実質審議前にも、国民の司法参加については、各委員から論点整理に向けて寄せられた意見の中で触れられており、また二〇〇〇年に入って各地で行われた公聴会で、多数の公述人から意見が寄せられていた。公述人への質問の中にも、委員各々の見解が間接的に表れていた。
 (4頁)この時点での佐藤会長を除く各委員の見解を見ると、陪審制の導入に賛成する発言をしていたのは、高木、鳥居、中坊、吉岡委員で、それ以外の石井、井上、北村、竹下、藤田、水原、山本委員らは、陪審制の問題点を指摘するなどして賛意を示していなかった[2]。委員の出身母体および地位に着目すると、肯定意見を出していたのは、労働団体、大学、弁護士、主婦連合会で、後者の懐疑派は、経済界、学者、裁判官、検察官だったことが分かる。そして、この意見分布は審議会を通して結局ほとんど変わることがなかった。
 各委員の意見を受けた形で一九九九年十二月にまとめられた論点整理では、国民の司法参加について、「…欧米諸国で採用されているような陪審・参審制度などについても、その歴史的・文化的な背景事情や制度的・実際的な諸条件に留意しつつ、導入の当否を検討すべきである」として、明示的に検討対象に含めていた。
 第一回目の「国民の司法参加」の審議は、第三十回審議会(二〇〇〇年九月十二日)で行われた。同回の審議会では、法曹三者のヒアリングが行われ、第三十一回審議会で、石井、高木、吉岡委員によるレポートと審議が行われた後に、九月二十六日の第三十二回審議会で一旦とりまとめがなされた。第三十二回の審議では、井上委員が、陪審に誤判が多いという主張の当否は措いて具体的な国民の司法参加の制度設計について話し合うべきだと主張し、また佐藤会長が、陪審制か参審制かではなく裁判の内容に一般の国民が主体的に参加する観点から問題を掘り下げるべきだと唱えた。そして審議の結果、以下のとりまとめがなされた(部分)。
 「訴訟手続への参加については、陪審・参審制度にも見られるように、広く一般の国民が、裁判官とともに責任を分担しつつ協働し、訴訟手続において裁判内容の決定に主体的、実質的に関与していくことは、司法をより身近で開かれたものとし、裁判内容に社会常識を反映させて、司法に対する信頼を確保するなどの見地からも、必要であると考える。
 (5頁)今後、欧米諸国の陪審・参審制度をも参考にし、それぞれの制度に対して指摘されている種々の点を十分吟味した上、特定の国の制度にとらわれることなく、主として刑事訴訟事件の一定の事件を念頭に置き、我が国にふさわしいあるべき参加形態を検討する。」
 このとりまとめ内容は、抽象的かつ限定的な文章であるにせよ、それまでの委員の陪審制をめぐる意見分布状況を踏まえれば、わずか三回の審議でここまで合意できたことは大きな変革だったと見ることができよう。国民の司法参加についての改革審の方向性は、この時点で八割方定まったと言っても良い。この引用したとりまとめ文章は、十一月二十日に公表された中間報告でそのまま採り入れられることになった。

(二)最終意見(二〇〇一年六月)まで

 二〇〇一年には、「国民の司法参加」の項目が、一月に二度、三月に一度継続審議されている。これらの審議では、第三十二回審議会の上記とりまとめ文章、すなわち中間報告の文章の具体化が行われることになった。
 一月九日の第四十三回審議会では、藤倉、三谷、松尾教授のヒアリングが行われた。
 そして、一月三十日の第四十五回審議会で、「裁判員」(仮称)の言葉が登場する。これは元々、第四十三回の審議で松尾教授が用いた名称である。審議では、刑事重罪事件を念頭に、事件ごとに裁判員を原則として無作為抽出で選ぶこと、裁判官と裁判員が共に評議を行い評決権を持つこと、判決に理由を明示し上訴を認めること、被告人に裁判員制度を選ぶかどうか選択権を認めないことなどでおおむね意見が一致した。無作為抽出と選択権を認めないことの二つはこの回で初めて合意されており、松尾教授が唱えた新制度を一律に適用すべしであるとする説の影響を窺うことができる。いずれにせよ、裁判官の評議への参加を認めた点で、中間報告から参審制寄りの巻き戻しがなされたと解することができよう。
  (6頁)三月十三日の第五十一回審議会で、「国民の司法参加」の審議は終了した。この回では、審議会側(井上、佐藤、竹下委員がまとめ役)から『「訴訟手続への新たな参加制度」骨子(案)』および井上委員の補足説明文書が出され、高木委員から対案(『「裁判員制度」について(説明要旨)』)が出される形で進行した。
 高木案は、裁判員を裁判官の数倍にすることと一定事件で裁判員に独立評決権を認めることなどを主張したのに対して、審議会側の原案はそれらに難色を示す内容になっていた。そして、審議の末、両案のいずれを採るかの採決は結局行われずに終了し、高木案は「可能性の問題として」(佐藤会長の言葉)残った。
 上記のように、二〇〇一年一月の「国民の司法参加」をめぐる審議では、中間報告時のとりまとめが「裁判員制度」として具体化された。裁判員制度は、国民が無作為抽出される点で陪審制度に近いが、裁判官と国民が原則として共に評決を行う点で参審制度に近い内容を持っている。三月の審議での委員間の対立にも見られたように、裁判員制度は、陪審制度を主張する意見と消極的な意見とが対立した結果生まれた、折衷案としての性格を持つと言って良い。第五十一回審議会で高木案が残ったことによって、陪審制の芽もまた残ることになった。
 五月、六月の第一〜第三読会(第五十八〜六十二回審議会)では、最終意見作成に向けた修文が行われている。
 事前に出されていた項目案では、裁判員制度は刑事司法の項に入れられていたが、審議の結果、中間報告通り「国民的基盤の確立」の中に移行された。このことは、国民の訴訟手続への参加が「国民の司法参加」の中心であることを確認する象徴的な意味合いを持っていた。
 読会では、高木委員と井上委員などの間で議論がなされ、裁判員制度実施後の制度の見直しを「国民的基盤の確立の重要性を踏まえ、幅広い観点から」行う旨の言葉などが入った。ただ、最終意見では、枠囲み内の文章で、第五十一回審議会で示された骨子案がほぼそのまま採用され、独立表決制の可否には触れられていない。
 (7頁)このように、最終意見書の文案をめぐっても争いがあり、委員間の意見対立は最後まで続いていたことが分かる。藤田委員は、裁判員と裁判官の比率など、委員間で意見が分かれた論点は両論併記すべきとする意見を出していたが、結局その案は採り入れられず、全員一致の形で最終報告がまとめられることになった。

(三)審議で用いられたレトリック

 すでに記したように、ニ〇〇一年を過ぎてからの審議では、中間報告のとりまとめ文章の具体化が行われた。その際に、委員によって異なる意味で用いられたのが、裁判官と裁判員の「コミュニケーション」および裁判員の「主体的、実質的関与」の語である。
 これは、見方を変えれば、すでに公表された中間報告が確定してその文面に反対しにくくなったため、解釈によってその言葉の内容を読み変える段階に移行したことの表れとも見られる。そこで、この二つの言葉の用例とそこに反映されていると思われる委員の見解を見てみたい。
 また、そもそも、裁判員制度をめぐる審議の根底にあった、国民の司法参加をめぐる意義付けについての見解とその審議の場での扱いも、合わせて検討することにする。

 〆枷輯韻蛤枷衆の「コミュニケーション」
 司法制度改革審議会の中間報告および最終報告では、法律家と国民のコミュニケーションの重要性について各所で触れられている。その例を以下で示してみよう。
 「…法曹が、プロフェッションとして相互の信頼と一体感を保持しつつ厚い層をなして存在し、国家社会の様々な分野で幅広く活躍するように図るとともに、国民は、統治主体、権利主体として、司法の運営に有為的に参加し、プロフェッションたる法曹との豊かなコミュニケーションの場を形成し維持するように努めなければならない(8頁)…」(中間報告2.(2))
 「…法曹は、不断に自らの質を高めながら、プロフェッションとして国民との豊かなコミュニケーションを確保する中で、良き社会の形成に向けての国民の主体的・自律的な営みに貢献しなければならない。他方、国民は、司法の運営に主体的・有意的に参加し、プロフェッションたる法曹との豊かなコミュニケーションの場を形成・維持するように努め、司法を支えていくことが求められる。」(最終意見蟻2.3.)
 議事録を辿ると、国民の司法参加に関する審議で「コミュニケーション」の語が現れたのは、佐藤会長が第三十一回審議会で用いたのが最初である。この時は、法曹の特権意識を増幅させず、プロとしての役割を社会に対して十分果たすようにとの意味を込めて、法曹と国民とのコミュニケーションの重要性が語られていた。
 しかし、その後、委員によって「コミュニケーション」の用いられ方が異なってくる。
 井上委員は、第五十一回審議会で、「…専門家である裁判官と非法律家である裁判員とが一緒に、コミュニケーションを取りながら、それぞれのバックグラウンドの違いから得られる経験だとか知見だとか知識だとか、そういうものを共有しあいながら裁判をしていくことによって、より良い裁判にしていこうというのが、私の理解するところでは、大方の認識だったのじゃないかと思います」と語り、法曹の特権意識への留意が薄くなっている。
 水原委員も「…裁判官と裁判員とが全員で、お互いに膝を突き合わせて忌憚のない意見を出し合って、何が真実なのか、どういうふうに認定すれば国民に理解されるものなのかについて、お互いの持っておる経験と知恵を出し合って、膝突き合わせて話し合いながら事実を認定していく、こういう方向が一番望ましいのではなかろうかという気がいたします」と述べ、そこから裁判官と裁判員の比率についても、「…膝突き合わせて色々話をするということになりますと、そして十分意を尽くし合った議論をするとなりますと、数にはおのずと限度があるのではない(9頁)か。やはりお互いに腹蔵なく、微に入り細に渡った、詳細な議論をし合うことができる、比較的コンパクトな組織体が望ましいのではないかという気がいたします」という考えを述べている(第四十五回議事録)。
 このコミュニケーション観には、刑事司法改革の項目の審議で提出された以下の法務省ペーパーの一節を想起させられるものがある。
 「取調べにおいて、被疑者が自己に不利益であるにもかかわらず事案の真相を供述するのは、被疑者が自己の犯行を真摯に反省・悔悟するからであり、被疑者をしてこのような心境に至らせることが可能なのは、取調べの根底に、取調官と被疑者との間に信頼関係が形成され、こうした信頼関係に基づいて、被疑者が取調官の説得に耳を傾けるからである。」
 「取調のこのような性質に照らすと、仮に、取調に弁護人が立ち会い、又は、被疑者と取調官のやり取りが常時録画・録音等されることとなれば、弁護人の存在が被疑者の供述心理に影響を与えたり、被疑者をして、わずかでも口を開けば、それが録画・録音されてしまうという懸念を抱かせ、被疑者との信頼関係を築くことが困難となることから、被疑者から真相の供述を得ることが著しく困難となるとともに、関係者のプライバシー、名誉や捜査の秘密等が害されるおそれが強くなることは明らかである。」[3]
 つまり、右記のコミュニケーション観では、取調官と被疑者の信頼関係と同様に、裁判官と裁判員の間に存する、法律的知識その他の権力面の差が捨象されていることが分かる。
 職業裁判官と裁判員の双方の対等制を擬制する「コミュニケーション」の重視は、裁判員のみによる評決を否定する理由としても用いられ、独立評決制に縛りをかける役割を果たした。

◆〆枷衆の「主体的、実質的関与」
 (10頁)中間報告に続いて最終意見では、広く一般の国民が、裁判官とともに責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的、実質的に関与することができる制度の導入を提言している(.第1.1.)。
 この「主体的、実質的関与」の語についても、委員によって解し方が異なっている。
 高木委員は、裁判員と裁判官の比率を検討する際に「主体的、実質的関与」の語を引いて、「…裁判員の数は、国民の多様な意見を反映しうるものであること、国民が参加の機会を実質的に有すると実感しうるものであること、国民が判決内容の形成を主体的かつ自律的に担うにふさわしいものであること、などの諸要請を満たしうるものとする。その目安として審理を担当する裁判官の数の数倍程度とする」としている[4]。また、「裁判員による独立評決は、裁判員制度によって参加した国民の「主体的、実質的」な判断をより徹底して確保しようとする、そういうものだと思います」として独立評決権を肯定する意義も導き出している(第五十一回議事録)。
 それに対して井上委員は、「主体的、実質的関与」について、「…裁判官と裁判員の数が重要であるということは間違いありませんけれども、しかし、それが決定的な要素であるというわけでは必ずしもなく、(これまでも御指摘したところですが、)職権主義で、裁判官が一件記録をあらかじめ読んでおり、その裁判官の主導で審理が進められるという方式であるのか、それとも、当事者主義で、裁判官と裁判員のいずれもが事件についての予備的知識を持たず、両当事者の主導で審理が進められるという方式であるのかということや、評議の進め方、そして、後で述べます評決方法の在り方などによっても違ってくるところがありますので、それらの点も併せてお考えいただく必要があろうかと思われます」と述べている(第五十一回議事録)。
 第五十一回審議会の『「訴訟手続への新たな参加制度」骨子(案)』でも、裁判員の適当な権限(証人等に対する質問権など)と、裁判官と裁判員の数、多数決の方法の三つについて、裁判員の主体的・実質的関与の語が用いら(11頁)れている(一頁)。
 また北村委員は、「…主体的な関与と言ったときに問題になるのは、やはり数ではないだろうと私は思うんです。…この「主体的」というのは、国民がどういう意識で裁判に関与するかというところが問題になるんだろう。これは他の人がどうのこうの言う問題ではなくて、一人ひとりの問題だろうと思うんです」として、「主体的」の語と裁判員の数の問題とを分ける見解を述べていた(第五十一回議事録)。

 国民の司法参加の意義付け
 改革審の審議では、国民の司法参加それ自体の意味についても、見解の相違が見られた。大きく分ければ、一般国民が実際に裁判に参加して判断および決定を行うことを重視する見解と、国民の司法理解をはかることおよび裁判に一般常識を入れることと捉える見解である。後者は、法令の内容を分かりやすくすることや、司法の情報公開の推進を指向するなど、あくまで職業裁判官による裁判を中心に置いていた。この見解は、以下のように、国民の司法参加の意義を限定する方向に働いた。
 例えば竹下委員は、司法の民主的正統性について、国民主権は司法権の行使への国民の参加を直ちに意味するものではないと何度か強調している。この見解は、以下のように、国民の司法参加の意義を限定する方向に働いた。
 「日本国憲法は、国民が直接に司法権を行使する、ないし、直接にこれに参加することによって初めて、国民主権の下における司法の民主的正統性が基礎付けられるという立場には立っていないのではないかと思われます。…司法権は最高裁判所及び法律によって設置される下級裁判所に帰属するとされており、その最高裁判所の長官は内閣の推薦に基づいて天皇が任命いたしますが、それ以外の最高裁判所の裁判官は内閣が任命する。また、下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名に基づいて内閣が任命するということになっているのは、御承知のとおりと思い(12頁)ます。」
 「…裁判の過程が、より国民に開かれたものとなり、また国民の健全な良識が裁判の内容に反映されることによって、司法が国民によりよく理解され、より広くかつより深く国民の支持を得るようになれば、司法はより強固な民主的正統性の基盤を得ることができるという関係に立つのではないかと思うのであります。」(第三十二回議事録)

二 国民の司法参加に関する他の項目

(一)裁判官制度改革
 裁判官制度改革の項目では、第四十八回審議会(裁判官制度改革、法曹三者ヒアリングと審議)および第四十九回審議会などを経て、裁判官の指名過程に下級裁判所裁判官の選任に際して国民が参加して適任者を実質的に選考する何らかの諮問機関を置くことで一致している。
 地裁レベルで家庭裁判所委員会のような国民参加型の機関を設置することも、最終意見に盛り込まれた。

(二)検察官制度改革
 検察官改革については、後述する五十一回審議会で法務省から提案された自己改革案が、ほぼそのまま最終意見に盛り込まれた。
 検察審査会の一定の議決に法的拘束力を付与する方向も、最終意見に記されている。

(三)弁護士制度改革
 綱紀委員会、懲戒委員会への外部委員増加など、懲戒手続・懲戒手続の透明化・迅速化・実効化の見地からの検討を行う必要が、最終意見に盛り込まれている。(13頁)

掘)〜盪絢圓よび政党の見解

一 法曹三者

(一)最高裁判所
 最高裁は、第八回審議会ヒアリングの時点では、陪審制、参審制について、専門参審制を十分検討に値するとした以外は、問題点を指摘するにとどまっていた。
 しかし、第三十回審議会の二日前の九月十日に、朝日新聞朝刊一面が、最高裁の「評決権なき参審制」案を突如報じた。その記事では、「最高裁『参審制』提言へ」「意見のみ、評決権ない形で」「国民司法参加容認」「重大事件などに限定」の見出しで最高裁の見解を大きく取り上げた。報じられた案は、陪審制にも参審制にも否定的だったそれまでの最高裁の見解とは異なり、参審制度を肯定しつつ、憲法問題を回避する目的で参審員に評決権を認めない内容で、一定の国民の司法参加を指向した方針変更だった。
 第三十回審議会の席で、最高裁の答弁者は、報道された通り、刑事事件において、意見表明ができるが評決権を持たない参審員制度を肯定し、他方で陪審制について誤判が多いなど問題点を多く指摘している[5]。
 さらに、二〇〇一年一月十九日には、読売新聞朝刊一面が、「最高裁も『評決権』容認」の見出しで、法務省に続き最高裁も評決権付きの参審制の受け入れを決めたとして最高裁の二度目の見解変更を報じた。
 下級裁判所の裁判官任命に際して外部委員を含む諮問機関を設置する案について、最高裁は、第三十回審議会時は、問題点を指摘しつつ「一つの方法として考え得るであろう」と述べるにとどまっていた。
 (14頁)しかし、裁判官改革を扱う第四十七回審議会を控えた二月八日に、朝日新聞朝刊一面が、「最高裁事務総局案」「裁判官『諮問委』経て指名」「法曹三者・有識者らで構成」「不採用は理由開示」の見出しで、裁判官を任命する際に諮問委員会を介させる最高裁事務総局案を報じた。その内容は、最高裁による下級審裁判官の名簿作成を外部からチェックする「裁判官指名諮問委員会」を最高裁に置くこと、判事補を弁護士事務所で少なくとも一年間研修させることなどだった。ここでもまた最高裁の方針が変化したことになる。
 同案は第四十八回審議会で報告され、最高裁の方針が明確化した。なお、判事補の外部経験は、最終意見では「実のある経験を積むにふさわしい相当程度長期の期間」とされ、最高裁案よりも長期に渡って行われる方向性が示されている。
 また、裁判所の運営について、地裁レベルで家庭裁判所委員会と同様の国民参加型機関の設置の検討を考えていると最高裁が見解を示していたが(三月十三日付改革審照会回答)、その案は上述のように最終意見に反映されている。

(二)法務省
 法務省は、第八回審議会ヒアリングの時点では、陪審・参審制の導入について、日本の職業裁判官制度、社会全体のかかわりなどを十分検討する必要があるとして、自らの見解を明示していなかった。
 第三十回審議会でも、陪審制および参審制の導入についてはっきりした見解は示されなかったが、答弁の中で、制度が導入されれば法務省として反対するものではないと述べている。
 しかし、第四十三回審議会の三日前の一月六日に、朝日新聞朝刊が、「『市民に評決権』想定」「法務省、参審制巡り踏み込む」「最高裁と意見交換」の見出しで、法務省の参審制肯定の方向について一面で報じた。この時点で、(15頁)法務省が一定の見解を示したことになる。
 その後の第四十五回審議会までの間にも動きがあり、一月十四日の読売新聞朝刊一面は、「参審制 法務省前向き」の見出しで、国民の評決権容認の方向や北欧への調査団派遣などの法務省の見解を再び報じている。
 二十二日には、「国民の司法参加を考える−参審制度を中心として−」と題するシンポジウムが開催され、法務省幹部および裁判官が、初めて公式に参審制を肯定する発言を行っている(詳細はNBL七〇八号参照)。
 なお、第四十五回審議会では、法務省から福岡事件の報告がなされた。報告と合わせて、検事を半分以上民間研修に出す意向、教育の徹底、国民から直接的な監視を受けるため検察審査会の一定の議決に拘束力を付与すること、建議・勧告制度の実質化などの機能の重視などについて、法務大臣の指示を踏まえた見解が示されている。

(三)日本弁護士連合会
 日弁連では、一九九〇年の『司法改革に関する宣言』で、国民の司法参加の観点から陪審や参審制度の導入を検討すべきことを述べて以来、一九九八年の『司法改革ビジョン』に至るまで、陪審、参審制度の導入を提唱してきていた。
 一九九九年十一月十九日の『司法改革実現に向けての基本的提言』では、それまでよりも詳細な検討を行い、まず刑事重罪事件について陪審制を導入し、さらに刑事軽罪事件への陪・参審制、国や自治体に対する損害賠償請求など一定の民事事件に陪・参審、少年事件に参審制の導入を検討するとしている。
 約一月後の第八回審議会の時点では、まず刑事の重罪事件や国や自治体に対する損害賠償請求などの一定の民事事件に陪審を、少年事件に参審制の導入を検討し、順次広げていくことを考えているとしている(『新しい世紀における司法のあり方と弁護士会の責務』)。
 (16頁)第三十回審議会のヒアリングでは、上記の見解に加えて、一定の行政事件、労働事件への陪審制もしくは参審制の導入を提言した。
 また、二〇〇一年五月八日には、改革審宛に『裁判員制度に関する要請』を出している。この文書では、一定の場合に裁判員のみで評決する制度(独立評決制)を備えておくこと、裁判員数を裁判官の数の数倍と明示すること、十分な証拠開示、直接主義・口頭主義の徹底を明記すること、民事・労働・行政・少年事件等への国民参加の拡充が必要であることの四点を最終意見書に明示するよう要請し、改革審が提案する裁判員制度構想に対応した見解を示している。日弁連も従前の見解を修正したことになる。
 弁護士懲戒への国民参加については、綱紀委員会の議決に対する異議申立が棄却・却下された場合に、その決定への不服審査を行う懲戒審査会(仮称)を創設する案を提言し、改革審に採用されている。
 また、国民の利害に直接結びつく「弁護士の職務の質の確保、向上」に関する分野(弁護士倫理、弁護士報酬を見直す委員会など)への市民参加、市民と弁護士との広い意味での紛争を取り扱う分野への市民参加も検討したいとしている(三月十三日付改革審照会回答)。

二 政党

(一)自由民主党
 一九九八年六月に出された『二一世紀の司法の確かな指針』では、司法への国民参加の在り方(陪審・参審等)について、日本の司法の基本に関わる問題であるという視点から、広く国民の意見を踏まえて議論される必要があると積極的に捉えていた。
 (17頁)しかし、二〇〇〇年五月の『二一世紀の司法の確かな一歩』では、陪審制を直ちに導入することの問題を指摘する一方で、参審制度は、民事、刑事を問わず広く導入する方向で検討する必要があるとして、見解を限定している。
 二〇〇一年二月十四日には、読売新聞夕刊一面が、「参審制自民案 裁判官三、一般二で」「独型採用 判決賛成三分の二必要」の見出しで、自民党の参審制案を報じている。その記事には、自民党がその参審案を来月中に審議会に申し入れる予定であること、参審制を民事事件の一部にも適用する意向であることなどが書かれていた。
 五月には『二一世紀の司法の確かなビジョン』が公表され、陪審制については、前年の意見書同様に問題点を挙げつつも、更に議論を尽くしていくことが必要とし、他方で参審制の積極的導入の検討を提言している。参審制については、報道されていたように、裁判官と参審員の比率についてドイツを参考にすべきこと(一:二か三:二)、参審員の無作為抽出選任の否定など、より国民の司法参加に消極的な見解を示した。

(二)民主党
 二〇〇〇年七月に『市民が主役の司法へ−新・民主主義確立の時代の司法改革』を公表し、陪審制を刑事重罪事件からスタートさせて、行政事件および民事事件への導入を検討すること、参審制の民事事件への導入などを提言した。
 二〇〇一年五月には、『司法制度改革への意見』を出している。その主な内容は、裁判員の数を職業裁判官の二倍以上にすること、裁判員は広く国民一般から選出すること、刑事および行政重罪事件、公的機関を相手方とする民事訴訟に選択的に導入すること、政治犯罪、公務員の犯罪、表現の自由に関する犯罪に裁判員の独立評決権を認めることなどだった。七月の参議院選挙でも陪参審制導入を政策に掲げている。

(三)公明党
 (18頁)二〇〇〇年十一月十六月に『司法制度改革に向けての第一次提言』を公表し、陪審制を不可欠な改革と位置付けている。最終意見についても同党司法制度改革プロジェクトの魚住座長が高く評価するとの談話を発表している。

(四)社会民主党
 社民党は、二〇〇一年三月の時点で、陪審制導入を同党内閣法務部会が提唱している。共産党も、参院選にあたって陪審制などの導入を政策に含めている。その他の政党の見解は明らかではない。

検ス駝韻了碧〇臆辰隼碧\度改革

一 裁判員制度をめぐる様相

 以上に見てきたように、改革審および法曹三者、政党の議論には対立や変遷が見られた。
 改革審の内部では、当初から、陪審制に対する見解が分かれていた。出身母体で言えば、労働団体、主婦連、弁護士、大学出身の委員が陪審制を主張し、それに対して、裁判官、検察官、経済界、法律学者など出身委員が陪審制に消極的な主張を行っていた。その陪審制の導入の可否をめぐる見解の相違は、第三十二回審議会および中間報告のとりまとめを受けて二〇〇一年に具体化された、裁判員制度構想の中身をめぐる議論にも表れていく。
 裁判員制度とは、それゆえ、陪審制に関する委員間の対立を避けつつ、他方で改革審設置法の趣旨を守る要請などに迫られて、訴訟手続への何らかの国民参加制度を具体化する必要から、名を捨てて身を取る苦肉の策として生み出されたものと解することができる。その抽象的方向を示した点で第三十二回審議会は重要だった。この審議方法は、法曹一元の名を捨てて実質議論を行った裁判官制度改革に通じるものがある。
 (19頁)その成立経緯から、他面において、裁判員制度は、実質は陪審制と参審制の混合物に近いものであるにもかかわらず、新たな制度として審議されたため、その元となっている陪審制と参審制の機能および適用領域などがしっかりと踏まえられないまま制度設計が行われたように映る。
 法曹三者では、最高裁が、二〇〇〇年九月の時点で評決権なき参審制を唱えていたが、その意見は改革審では採り入れられず、二〇〇一年に入ってから評決権ありの参審制を提唱するに至った。法務省も、二〇〇一年の時点で参審制を肯定する見解を示し、最高裁をリードし同調する形になった。
 最高裁および法務省の見解の変更は、いわゆる主要紙のスクープの形で初めて公表されており、それらの新聞は、結果的に、両者のスポークスマンとしての役割を果たしたことになった[6]。一方、日弁連はほぼ一貫して陪審制導入を中心とする見解を示しており、参審制のみを肯定する最高裁、法務省と対立する構図になっていた。
 改めて振り返れば、改革審の審議の重点は、二〇〇〇年九月時には、最高裁による「評決権なき参審制」の提唱に見られたように、訴訟手続への国民の実質的な参加そのものを認めるか否かにあったのが、とりまとめと中間報告を経て、二〇〇一年一月になって最高裁、法務省が参審制を肯定したことが後押しして、審議も実質的に参審制と陪審制の対立に移行したと解することができよう。その結果、二〇〇一年一月の審議で、参審制と陪審制の折衷的な内容を持つ裁判員制度が提唱されることになった。三月の審議では、参審制と陪審制の主張対立が、裁判員制度の中身についての議論に移行していく。すなわち、裁判員に事件によって独立評決権を認めるかどうか、裁判員と裁判官の比率をどうするかという、裁判員制度内部の参審的要素と陪審的要素との対立になったのである。
 このように、法曹内部の見解は、改革の当事者の意向だけに、改革審の審議で念頭に置かれ、他方で法曹三者は審議の行方を見定めつつ提言を変え、相互に一定の影響を与え合っていたことが読み取れる。
 (20頁)政界では、自民党と他の主要な政党の間で国民の司法参加に関する見解が分かれていた。政党は後の法案審議段階を担うため、その見解は前段階の改革審の審議にも事実上無言の圧力を与えていたことが考えられる。今後の政界の動きなどによって、裁判員制度の中身は変わりうる余地があろう。
 自民党司法制度調査会は、改革審設置の引き金となった『二一世紀の司法の確かな指針』をまとめた張本人だが、すでに見たように、二〇〇〇年の報告書で陪審制導入を否定する方向に向き、翌年には結局最高裁・法務省とほぼ同じドイツ型参審制を提唱するなど、国民の司法参加に対する見解はむしろ消極方向に変化していった。その原因には、同党内部で司法制度改革に関わった議員の意向や、関連団体による働きかけ[7]などが考えられる。
 以上のように、裁判員制度をめぐる論議は、改革審の審議を中心に、法曹三者の見解、政党の見解などが相互に影響を与え合いながら入り組んだ形で進んだことが見えてくる。また、国家予算面から、財務省が裁判員制度に難色を示しているという説もある[8]。官邸の見解は定かではないが、そのバックアップによっても裁判員制度の中身は左右されよう。
 審議会の最終答申を受けて、今後はその具体化に向けた作業に入る。審議会の意見では、裁判官と裁判員の比率や、裁判員の独立評決権の有無などの重要な点が定められていないため、この具体化の段階が非常に重要性を帯びることになる。
 最終意見公表の翌月には、すでに内閣官房に司法制度改革推進準備室が設けられ、改革推進基本法策定に向けた立法化作業が開始されている。しかし、その準備室は非公開で選ばれた法務省および最高裁を中心とする十省庁出身の官僚によってほとんど担われている。すでに見たように、法務省、最高裁、財務省は、裁判員制度に対する独自の見解を掲げており、いわば利害関係者である彼らが中心となって立法作業に参加するならば、その過程で実質(21頁)的に裁判員制度の中身が特定の方向に決められる可能性がある[9]。

二 裁判員制度をもたらした現実的諸要因

 司法制度改革の性格については、規制緩和などの新自由主義的改革[10](10)の一環として分析する見解がある。改革審の中間報告および最終報告の中でも、司法制度改革は行政改革などの諸改革の一環として位置付けられており、また経済界および官僚優位で改革が始められた点で、裁判員制度についてもその視角を肯定できる面があろう。
 しかし、裁判員制度の提唱には、その大局的な分析視角からは捉えきれない他の要因があったとも思われる。最後に、これまで本稿で見てきた改革審の審議を推進した現実的な諸要因を検討したい。
 まず、一つ目の要因として考えられるのは、国民の声である。ただ、裁判員制度をめぐる改革論議、法曹三者、政党の構図を見ると、司法制度改革論議に一般国民の声が届いていたのかどうか疑わしくも思われる。
 改革審では、発言者の名前入りの議事録が公開され、二〇〇〇年になって記者によるモニター傍聴が可能となって、一定の公開性ははかられていた。また、改革審事務局では広く一般から書面あるいはEメールで意見書を受け付け、審議委員に届けていた。
 また、公述人を募集して、全国四ヶ所で公聴会が行われた。佐藤会長は、第三十二回審議会の審議の方向性を決める重要な場面で改革審設置法の趣旨とともに公聴会に触れ、「…公聴会においてこの陪審、参審制の問題について非常に強い関心が示されたということ、これも否定できないところであります」として、国民の司法参加の審議にもたらしたインパクトについて語っている。後に、公述人八名の連名による『「裁判員制度」構想に関する意見書』も改革審に提出されている。
 (22頁)間接的だったにしろ、第三十二回審議会のとりまとめと後に具体化された裁判員制度をもたらし、最高裁、法務省の見解を変化させた大きな要因は、審議の公開とそれによって審議にフィードバックされた国民の目と声であり、それが国民の司法参加の改革の波に逆らい難くする審議委員への無言の圧力を生み出したと思われる[11]。
 次に、二つ目の要因としては、改革審の審議の場で行われた、委員間で即興的に交わされた先の読めない議論とそのとりまとめ方がある。
 先に見たように、委員間では主として陪審的要素の賛否をめぐって見解が対立しており、人数からすれば消極派が多かったことから、多数決をとれば議論は容易に決まったとも考えられる。しかし、実際には全体の審議を通じて一度も多数決による決定は行われなかった。
 そこには、全員一致で合意をとりたいとする多くの委員の意向に加えて、最終的に裁判員構想について合意された背景には、審議を重ねる中で得られた納得があったものと推察される。北村委員が、第六十二回審議会および最終意見公表後の記者会見で、「今回の結論は、各委員一人一人は満足をしていないと思う。しかし、あれだけ議論したんだから、ということで、納得はしていると思う」との旨を語ったのがそれを象徴している。
 胸阿埜たように、改革審では、各委員がそれぞれの論理で議論を戦わせていた。その結果、賛否と離れたいわば納得の合理性が存在したことは、裁判員制度をもたらした要因として欠かすことができないと思われる[12]。
 三つ目に考えられる要因は、裁判官のあり方である。裁判員制度に直接の関係はないが、二〇〇一年二月に入って福岡事件すなわち福岡高検次席検事による捜査情報漏洩事件が明らかになり、五月には売春容疑で判事が逮捕されるといった、裁判官による偶発的な不祥事が取り沙汰された。これらの相次ぐ裁判官の不祥事事件は、三月の審議で高木案を否定しきれなかった、国民の司法参加を後押しする無言の影響を及ぼしていたと見られる。
 (23頁)第四十七回審議会では、民事訴訟利用者調査の結果が公表されたが、その中には、「裁判制度に満足している」の肯定率十八.六%、「裁判が利用しやすい」二十二.四%など、裁判について必ずしも満足度が高くないことを窺わせる回答が含まれており、また社会常識の項目では、裁判官よりも弁護士の方が高い評価を得ていた。このアンケート結果は、最高裁、法務省がヒアリングの席で繰り返していた「国民の信頼を受けている裁判および裁判官」像を揺らがし、国民が裁判に関わる意義を間接的に強める影響を持ったと言える。
 こうした一見瑣末に見える事柄が裁判員制度の成立に意味を持っていたとするならば、大局的な分析視角に加えて、司法制度改革論議を一つの現実の運動として分析対象にし、現実の推移を重視して各団体および主体の見解および状況の変遷を追うアプローチも、改革の実態を探ることに資する意義があると考えられる。改革審の審議段階を終えた今後の裁判員制度をめぐる動きも、実態を重視した視角から引き続き注視していきたい。

脚注
[1] 改革審は内閣の下に設置され、委員は以下の十三名で構成されていた。佐藤幸治・会長(京都大学名誉教授・近畿大学法学部教授)、竹下守夫・会長代理(一橋大学名誉教授・駿河台大学長)、石井宏治(蠕舒翕換所代表取締役社長)、井上正人(東京大学法学部教授)、北村敬子(中央大学商学部長)、曽野綾子(作家)、高木剛(日本労働組合総連合会副会長)、鳥居泰彦(慶應義塾大学学事顧問(前慶應義塾長))、中坊公平(弁護士)、藤田耕三(弁護士(元広島高等裁判所長官))、水原敏博(弁護士(元名古屋高等検察庁検事長))、山本勝(東京電力蠎萃役副社長)、吉岡初子(主婦連合会事務局長)。
 改革審の事務局は、法務省出身者三名、最高裁出身者三名、日弁連出身者二名、大蔵省出身二名、国税庁、通産省、文部省、建設省各一名の計十四名で構成されていた(省庁名は就任時)。
[2] 石井委員の国民の司法参加に関する見解は、審議会の席上ではあまり聞かれることがなかったが、大阪公聴会での公述人への質問と雑誌インタビューから読みとることができる。その見解では、陪審制度については、アメリカで見られる陪審員への外部からの働きかけなどの弊害に触れ、日本に導入する際には制度整備が必要として消極的な一方で、(24頁)参審制度については実現の可能性を肯定している。また、既存の司法委員制度や調停委員制度の充実が望まれるとする(月刊司法改革第七号(二〇〇〇年)五−六頁)。
 井上委員は、論点整理以前の段階では、陪審や参審制度に限定せず、司法委員制度の拡充や専門参審制度、検察審査会の機能強化を説いていた。
 北村委員は、新聞でのアンケート(日本経済新聞二〇〇〇年五月五日)で、陪審制は日本になじまないので導入すべきでないとして、専門参審制に賛成している。また日本人の国民性への陪審制の適合性と参加意識を疑問視している。
 高木委員は、陪審制について、民事・刑事両分野での導入を唱えている(日経二〇〇〇年五月五日)。
 竹下委員は、井上委員と同様に、論点整理以前の段階では、司法委員制度の拡充や専門参審制度、検察審査会の機能強化を説いている。
 鳥居委員は、法の背後にある宗教的道徳観念を重視し、その将来的な育成を期待して陪審制の導入を図るべきとしている(月刊司法改革第十号(二〇〇〇年)六頁)。
 藤田委員は、現行の司法委員制度、検察審査会制度の活用を説き、陪審制の問題点を指摘する(大阪、福岡、東京公聴会)。
 水原委員は、陪審の判断に理由が付されないことを問題視している(福岡公聴会)。
 山本委員は、第六回審議会で、民事陪審制の導入による経済の予測可能性の阻害を説いている。
 吉岡委員は、陪審制に賛成するとともに制度整備と社会的理解の必要を述べている(第六回審議会、月刊司法改革第三号(一九九九年)十頁、日経二〇〇〇年五月五日)。
 なお、曽野委員の二〇〇〇年九月以前の見解は不明。後の審議会の席では陪審制に消極的な発言をしている。
[3] 法務省『「国民の期待に応える刑事司法の在り方」について』(審議会提出資料、二〇〇〇年七月二十五日)二十頁。
[4] 高木剛『「裁判員制度」について(趣旨要旨)』三頁。
[5] 日弁連のペーパーの中で、リチャード・レンパート教授は、第三十回審議会の最高裁ペーパーの見解論拠に関して、「貴国の最高裁は、アメリカの司法制度をよく理解していないのではないかと思います。最高裁が報告書において(25頁)指摘している点について一つ一つ反論したいと思います」として最高裁の例証に細かく反論している。『リチャード・レンパート教授の回答書(アメリカ・ミシガン大学)の回答書』(日弁連『「国民の司法参加」追加資料』三十、三十六頁)
 藤倉皓一郎教授も、後の審議会の席上で以下のように述べている。「…私は、最高裁判所「国民の司法参加に関する裁判所の意見」を読んで、本当に残念に思いました。というのは、ここで裁判所が言っておることはきわめて一面的、否定的であります。陪審制というのは誤判が多い。そして、費用も大きなものになる。誤判がある、費用が掛かる。この2点であります。その議論を示す根拠として、ここに幾つかアメリカの学者による、あるいはイギリスの学者による陪審裁判についての研究を挙げております。しかし、私は特に研究者の立場として言わせていただくと、これだけの資料を、あるいはこれだけしかない資料を基にして、こういう議論と結論を組み立てるというのは、研究者にはできない。〔藤倉氏補注:日弁連「国民の司法参加」追加資料参照〕(第四十三回議事録)
 藤倉皓一郎「市民による市民のための司法」法律時報第七十三巻第七号(二〇〇一年)十九頁も同旨。
[6] マスコミによる審議に先立つスクープ報道は、何度か行われた。これらは、審議を経て修正される前の原案を国民に強く印象づけた点で、最高裁、法務省の見解の流布同様、一方的な宣伝効果を持っていたと思われる。
 第四十三回審議会の三日前の一月六日には、毎日新聞朝刊一面に、「刑事裁判で司法改革審」「国民に評決権付与へ」「陪審参審中間型を想定」の見出しで、「一部の刑事裁判に複数の国民と裁判官が一緒に審理し、有罪か無罪を判断できる評決権を国民に与える制度を導入する見通しが強まった。欧米の陪審制と参審制の「中間」的制度を想定しているとみられる」などとする三日後の審議内容の予測記事が出されている。
 第五十一回審議会当日の三月十三日の朝刊では、朝日新聞一面が、「裁判官・市民権限同等に」「どちらかだけでは有罪にできない」「司法改革審原案の全容」「重大事件一審段階決定権偏り防ぐ」の見出しで審議原案について報じている。
[7] 二〇〇一年六月十二日毎日新聞朝刊は、最高裁幹部による自民党議員への説明などの働きかけについて報じている。また、自民党司法制度調査会への法曹三者による働きかけや、『二一世紀の司法の確かな一歩』の作成に法務省が実質的に関わっていたことは、以下のように数紙で取り上げられている。(26頁)
 「自民党調査会には弁護士、司法書士など司法関連団体や財界はもとより最高裁判所までもがさまざまな働きかけをしてきた。それだけに報告書の文面は、最高裁が強く反対する陪審制の導入には消極的な反面、日本弁護士連合会が主張し最高裁が疑問視する法曹一元への転換については賛否どちらにも読めるなど、微妙な色合いだ。」(東京新聞五月二十日朝刊社説)
 「(…)ひとつひとつの項目について、党としてどこまで真剣に吟味して導き出した結論なのか、疑問もある。調査会の会合に熱心に出席した議員は限られていたし、衆院の解散が早まったのを受けて、審議は予定よりも早く打ち切られた。この種の報告書の常とはいえ、たたき台の作成には法務省などが深くかかわっている。
 「改革される側」の司法関係者に導かれ、彼らが受け入れられる範囲内で議論をまとめた感が否めない。他方で、一部の議員の思いつきが紛れ込んでいる風でもある。
 政府の司法制度改革審議会はそんな点にも目を配りながら、報告書を扱って欲しい。」(朝日新聞二〇〇〇年五月二十一日朝刊社説)
自民党司法制度調査会の五つの小委員会には、法曹三者から幹部クラスが毎回顔を揃えて傍聴・出席し、影の改革審ともいえるやりとりが行われていた。
第五十一回審議会を目前にした三月八日には、「法曹一元、陪審・参審制度等、国民の司法参加に関する小委員会」が、最高裁と法務省にヒアリングを行っている。その議事録は公表されていないが、委員会の模様について、日本経済新聞朝刊四十二面は、「裁判への市民参加できるだけ少数に 最高裁、自民調査会に要望」の見出しで、「司法改革の焦点となっている裁判に加わる市民と裁判官の人数構成について、最高裁事務総局の中山隆夫総務局長は「裁判官と市民がコミュニケーションを十分にとれるような視点が必要だ」と述べ、市民参加をできる限り少数に絞り込むべきだとの考えを表明。法務省の房村精一司法法制部長も「コンパクトな構成が望ましい」と同調した」などと報じている。なお、房村氏は訟務検事(判検交流による出向判事)である。
[8] 二〇〇一年五月二十一日の毎日新聞朝刊一面は、財政負担を理由に、財務省が司法改革に異議を唱えている旨の記事を載せている。裁判員制度についても、米国の陪審員制が陪審員への手当で大きな財政負担が生じているなどの問題点を挙げて反対しているとされる。ただし、その報道後、塩川財務相は財務省の司法改革消極論を否定している。(27頁)
[9] 自民党司法制度調査会の小委員会委員長を務めた杉浦議員は、新聞インタビューで「立法化の段階でこっち(自民党)の意見になるよ」と見通しを語っている(二〇〇一年六月十二日毎日新聞朝刊)。
[10] 新自由主義改革は、一九七〇年代の中葉に世界を襲った不況に呻吟した先進資本主義諸国が、不況を克服し成長を再建することを直接の契機をして採用した、福祉国家的政治を変革の対象とする政策体系で、福祉国家により肥大化した財政支出を削減し、企業への重い税負担や社会保険への企業負担を軽減することをめざした財政・税制改革と、企業活動に対する規制を撤廃して企業活動の自由を回復するための改革(「規制緩和」)を柱とするものとして説明される(渡辺治「新自由主義戦略としての司法改革・大学改革」(法律時報第七十二巻第十二号(二〇〇〇年)十一頁)。
[11] 改革審の審議の傍聴については、一回目の審議で賛否両論が出て以降、取扱いが定まらないままだったが、マスコミから要望が出たこともあって、審議委員控室用の別室を転用してモニター傍聴が実現した。
 佐藤会長は、改革審の提言が踏み込んだ内容になった理由として、「名前入りの議事録を公開したこと、審議をモニターカメラを通じて記者の方に見ていただいたことが大きかったと思う。情報を国民に伝えることで、逆に審議会も国民のエネルギーを吸収できた。また、ユーザーの立場の委員を含む非法律家が過半数を占めたことも多面的な議論を可能にして非常に大きな意味があった」と語っている(東京新聞二〇〇一年六月十三日朝刊)。
 司法制度改革に関する包括的な国民意識調査はまだ行われていないが、NHKが二〇〇一年五月に行った電話による世論調査では、改革審の議論への関心の度合いについての問いに対して、おおいに関心がある十五%、ある程度関心がある三十九%、あまり関心がない三十三%、まったく関心がない七%という回答が寄せられており、過半数の国民が改革審に何らかの関心を寄せていたことが窺える。また、裁判員制度は必要かの問いには、必要がある四十七%、必要ない二十八%という、裁判員制度に肯定的な結果が出ている(NHKニュースによる)。
[12] 新聞の企画記事で各審議委員が最終意見書につけた採点は六十点から八十点までばらついているが(無回答を含む)、意見対立を越えて合意に至った感慨を述べているものが多い(朝日新聞二〇〇一年六月十三日朝刊)。
 審議のとりまとめには、司会を務めた佐藤会長の力量もあずかっていたことが考えられる。佐藤会長のとりまとめ方の巧妙さは、以下のように評されるほどだった。「審議が白熱した険悪なムードが漂うと、いつも意表を突き、こう切り出した。「皆さん、大方の意見は一致していると思います。そこで…」。傍聴席から「どこが一致しているんだ」との(28頁)失笑が漏れたこともあるが、人懐っこい話し方で差し出す結論に対し、最後は全委員が必ずと言っていいほど納得させられた。」(読売新聞二〇〇一年六月十三日朝刊)。


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